【艦これ史実】ガダルカナル島を巡る戦いと艦娘たち

投稿者: | 2016年7月2日

ガダルカナル島を巡る戦いと艦娘たちについてまとめました。

水上基地建設任務の元ネタ

なかなか旨い水上基地建設任務。これはツラギ島でのこと。日本はミッドウェー海戦後、新たな根拠地としてラバウルを選びます。
いわば本丸。
その周りにソロモン諸島やガダルカナル島があります。

ガダルカナル島の死闘はラバウルの安全を確保するためのものだったようです。ガダルカナル島にほど近いツラギ島に水上基地地が建設されていたようです。

ガダルカナル島は滑走路が完成した直後、アメリカ軍に攻撃され、ガダルカナルとツラギはアメリカの手に落ちるのですが、この際水上基地から強烈な抵抗にあったようです。

第一次ソロモン海戦に参加した艦娘たち

ガダルカナルとツラギを奪われたあと、日本軍も直ちに反撃に転じます。いわゆる第一次ソロモン海戦。5-3「第一次サーモン沖海戦」の元ネタです。

まず880キロ離れたラバウルにいた第八艦隊の三川軍一中将(任務でお馴染み三川艦隊の元ネタです)がツラギが攻撃を受けるという知らせを受け、兵力を集結させます。

このときにいたのが「鳥海」「衣笠」「加古」「青葉」「天竜」「夕張」「夕凪」。

この時、連合国(敵側)は油断しきっていたのか、かなり呑気だったようです。

ここへ三川艦隊が急襲反撃。

まず「鳥海」がサボ島とガダルカナル島の間を突破。時刻は夜です。5-3「第一次サーモン沖海戦」が夜戦マップなのはこのため。

このとき「帝国海軍の伝統たる夜戦に必勝を期して敵を攻撃せんとす。各員冷静に全力を尽くせ」という号令があり、全員に緊張が走ったとか。

三川指揮官の覚悟が伺えます。

艦隊は発見もレーダー補足もされず進軍、敵連合艦隊に直進。この際、鳥海、青葉、加古から飛び立った飛行機が上空を哨戒、照明弾を目標に投下する機会を狙います。その後、敵駆逐艦の妨害を想定し、駆逐艦夕凪を文派、そして見張り員が巡洋艦と駆逐艦を2隻ずつ発見し、2分後、1時43分に最初の魚雷を発射。

敵連合艦隊は大混乱します。

やがて照明弾がかがやき、敵艦隊を照らします。

まず巡洋艦「キャンベラ」に20センチ砲と12.7センチ砲が集中砲火し大炎上。巡洋艦「シカゴ」は日本艦隊の所在がわからず戦闘海域を離脱。その後も閃光弾と集中砲火で2隻の巡洋艦を撃沈。

約50分の戦いで、ガダルカナル島の敵連合国の支援部隊を一掃。

第一次ソロモン海戦は日本側の大勝利に終わります

ソロモンの悪夢~というセリフはこの事実が元ネタでしょう。

ここで帰還するのですが、帰投中、「加古」が潜水艦の雷撃を受け撃沈・・・これが唯一の損害だったようです。

東京急行と東部ソロモン海戦

遠征でおなじみの「東京急行」。これはすでに1万6千の海兵隊が占拠したガダルカナル島を奪還すべくトラック島から1000人の陸軍兵を6隻の駆逐艦に載せて南下してきた夜間補給を、アメリカ軍が東京急行と呼んだそうです。

山本五十六はミッドウェーでは失敗したが、ガダルカナルでは米艦隊を誘い出して撃滅出来ると考えたようで、いわゆる東部ソロモン海戦へとつながります。この時、米空母部隊の妨害に対抗するため「翔鶴」「瑞鶴」、接近戦に備え、「比叡」「霧島」と重巡3隻を準備。近藤中将は巡洋艦6隻と水上機母艦「千歳」を指揮します。また、牽制として「龍驤」を犠牲にするつもりであったそうです。

一方、連合軍の戦力は空母「サラトガ」「エンタープライズ」「ワスプ」と戦艦「ノースカロライナ」、巡洋艦9隻、駆逐艦12隻。

そして8月24日、戦いが始まります。

龍驤撃沈

結果はみすみす「龍驤」を撃沈されたのち、空母の対空砲火で戦闘機を多数失う大損害を被ったそうです。そのうえ南雲部隊が引き上げ、田中少将が取り残される形に。その後も任務達成を目指しましたが、空襲にあい撃退されます。結果として既にガダルカナル島に上陸していた部隊に兵士を補給するという東京急行任務は失敗します。

サボ島沖海戦 奇襲を受ける五藤艦隊

ガダルカナル補給部隊の護衛を担当していた五藤少将の艦隊が重巡・青葉、衣笠、古鷹と駆逐艦・初雪、吹雪。この艦隊が夜間哨戒を行っていた攻撃隊に待ち伏せされ、攻撃を受けます。敵の主な戦力は駆逐艦3隻と重巡・軽巡それぞれ2隻。

時は午後11時30分。陣形は青葉、衣笠、古鷹の単縦陣の左右に初雪、吹雪を配したもの。完全に奇襲を受けた五藤艦隊は吹雪は沈没、青葉・古鷹が大破し古鷹はついに沈没します。

一方、連合軍は駆逐艦1隻沈没、駆逐艦・軽巡大損害。最初はいわゆるT字不利な状況で絶体絶命という感じだったようですが、相手のミスもあり比較的迅速に脱却できたそうです。

ガダルカナル島 ヘンダーソン飛行場をめぐる戦い

日本軍はガダルカナル島のヘンダーソン飛行場と言われる滑走路を無力化すべく、3日に渡って大砲撃を行いました。

10月13日には金剛・榛名、14日には鳥海・衣笠、15日に妙高・砲撃を加えます。

ここに陸軍部隊が上陸し、最後の突撃を決行します。また連合艦隊は空母5隻、戦艦4隻、巡洋艦14隻、駆逐艦30隻という大舞台で飛行場を奪取し、飛行機を送ることを計画します。飛行場は血みどろになりながらも米海兵隊が踏ん張り、なんとか陥落を免れているといった状況でアメリカ軍の救援部隊が到着します。

米空母はホーネットと修理を終えたエンタープライズ。新戦艦サウスダコタを護衛に伴ったこの空母部隊はアメリカ軍にとっては天の助け。かくして太平洋戦争の運命を握る決定的な戦闘「南太平洋海戦」が勃発します。

余談 ソロモン海戦における潜水艦の活躍

東京急行は失敗し、ガダルカナルの制空権はアメリカのものになりましたが、日本の潜水艦がかなりの損害を与えたようです。

まず8月31日空母サラトガが伊26により3ヶ月行動不能に。

9月15日、我らが19が空母ワスプを撃沈。

その後、他の潜水艦がノースカロライナを航行不能にしたり駆逐艦を撃沈したりと奮闘したそうですが、連合軍が新式の空母ワシントンや代わりの巡洋艦や駆逐艦を新たに投入したりで大勢には影響なかったようです。

ガダルカナル島への補給は完全にブロックされた形になりました。その後、ガダルカナルでは日本軍が攻め、撃退されるということを数回繰り返し疲弊。

10月19日、海戦の指揮をとっていた百部中将がみずからガダルカナルへ上陸。

その際補給部隊「日進」「千歳」が重砲と親衛部隊を揚陸。

護衛は青葉、衣笠、古鷹、初雪、吹雪が担当したようです。

(Visited 156 times, 1 visits today)